言語情報ブログ 語学教育を考える

「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その17)(「質的研究」のすすめ)

Posted on 2015年1月21日

(1)『英語教育』誌の2015 年2月号の特集の第1は、「生徒・授業を変える『質的研究』のすすめ」です。私は正直なところ、“質的研究”という用語が、英語教育関係で使われていることを知りませんでした。特集の扉ページには、次のような説明があります。「『質的研究』では、参加者の視点で研究者自身が内省的な考察を行うことにより、データに基づいて現象の新たな側面を見いだしたり、新たな理論を生み出します」(部分引用)。

 

(2)上のように言われても、よく分からなかったのですが、私自身は新しい事を学ぶ意欲はまだ衰えていませんので、勉強するつもりで記事を読ませてもらいました。特に本誌19ページには、吉田 達弘(兵庫教育大)「質的研究理解のためのブックガイド」が掲載されていて、英語教育との関係を知るのに便利でした。こういう情報は最初に掲載してもらえるとなお良かったのですが。

 

(3)私は新しい多くの文献を読む余裕が今はありませんが、以前に心理学関係の本を読んだ時に、“質的研究”といった用語を見た記憶がぼんやりと浮かんできました。広辞苑にも、“質的研究”という用語の説明がありますが、社会学の問題としてのもので、すぐに英語教育に結びつくものではありません。とにかく中・高の教員は忙しいですから、「質的研究で生徒・授業を変えられます」と言われても、すぐに始められるほどの余裕が無いのが一般的ではないでしょうか?

 

(4)日本で唯一とされる『英語教育』誌の宣伝としても、「こんな難しいことを知らないと教員として失格なのか」という印象を与えるのは避けた方がいいと私は思いました。第2特集は、「生徒と教師のための新学期準備チェックリスト1」で、これは今後の号にも続くようですが、この特集のほうが日常の授業と結びつきやすいので、先に出すべきだったと思いました。

 

(5)“日頃の授業と結びつきやすい”と言えば、『英語教育』には、すぐに役立つ記事が沢山あるのです。例えば、「入試の悪問から学ぶ文法指導のヒント」(p. 48~)とか、「Q&A:より良いテストの作り方・使いかた」(p. 62~)などもあります。理論的な勉強もしたいと希望する人もいることでしょう。この号では、「<複雑系>で英語学習観が変わる―SLA の最新理論から―第5回」」という記事もあります。

 

(6)このように、『英語教育』誌は、特集とは関係がなくても、英語教員には欠かせない貴重な情報源なのです。最初から難解な課題を見せて、買って読んでみようかと思う読者を尻ごみさせてしまうのは、宣伝としても賛成出来ません。そうでなくても、“活字離れ”“図書館離れ”“本屋の消滅”などが社会問題化しているのです。『英語教育』誌の益々の発展を祈ること切なるものがあることを訴えて、今回の結びのことばとします。(この回終り)

「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その16)(無理せずできるアウトプットの評価とテスト)

Posted on 2015年1月15日

(1)『英語教育』誌 2015年1月号の特集の1つは、「無理せずできるアウトプットの評価とテスト」ですが、私はまず、“アウトプット” (output) の定義を確認しておきたいと思います。英語教員でも、「話すことでしょう?」のように自信の無い返事が返ってくる場合があるからです。

 

(2)今回の第1特集の表紙には、次のような説明があります。「従来の読む・書くに加えて、聞く・話すといったアウトプット型スキルの評価やテストについて、今後いっそう系統立った指導と評価の一体化が求められそうです」(部分引用)とあります。つまり、この場合の“アウトプット”は、“話す”“書く”という技能を意味していると考えられます。

 

(3)私も現役の英語教師として高校生を教えていた頃は、学年末は特に忙しい思いをしました。期末試験の採点、担任しているクラスの生徒の総合評価、親との面談など、ずいぶん“無理をした”記憶があるのです。そこで、今回の特集のように、“無理せずできる方法”があるならば、今からでも教わりたいという思いで、記事を読み始めました。

 

(4)最初の「教室でのスピーキング・ライティングの評価とテスト」については、特集全体に言えることですが、“評価とテスト”は、順番を逆にすべきであろうと思います。“テスト”は“評価”のための1つの方法だからからです。後の記事のタイトルを見ても、「ライティング指導・評価のありかたとは」、「スピーチコミュニケーションの評価」などです。「ライティングの評価とテスト」というのもあって、書き手が勝手に、視点を変えているように思えます。それなら、無理に“特集記事”として縛る必要はないでしょう。「指導法と評価のあり方」とでもすればいいことだと思いました。

 

(5)第2特集は、「『ジーニアス英和辞典 第5版』にみる「英和辞書の変化・英語の変化」です。直接に生徒の指導に結びつくものではありませんが、関心を持つ英語教師は少なくないと思います。例えば、wearable (身に付けることができる)という形容詞は、用途が急速に拡大しています。『ジーニアス第5版』は、”wearable computer” の例を示していますが、現在は、『眼鏡に仕組まれたパソコン』があって、“視線の動きで必要な情報を得られるもの”など実用化が急速に進んでいます。

 

(6)英語学習の目的としては、ただ流行を追うべきではないのは当然です。現在は、腰を落ち着けて英語教育の方法と目的を考え直す大事な時期なのだと私は思います。(この回終り)

「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その15)(“くりかえし”の授業)

Posted on 2014年11月26日

(1)2014年12月号の特集の1つは、「どんな生徒にも優しい『くりかえし』のある授業」です。私はこのタイトルで、2つのことが気になりました。1つは、“優しい”という表記です。“易しい”であれば、“生徒に分かりやすい”という意味に取れます。では、“優しい”はどういう意味なのでしょうか?

 

(2)『広辞苑』によれば、①恥ずかしい、②周囲に気をつかって控えめである、③相手が優美で、こちらが恥ずかしいおもいがする、④素直である、といった趣旨の説明が例文と共に示されています。しかし、どれが今回の特集の場合に適切なのかを決めるのに苦労します。『明鏡国語辞典』ですと、“地球環境に優しいソーラーシステム”いう例があります。これは分かりますが、どうして“どんな生徒にも分かりやすい”のような言い方をしなかったのかという疑問は拭えません。

 

(3)もう1つの疑問は、“そんなに繰り返し教えることが出来るほど、英語の授業は余裕があるのでしょうか?”という問題ですが、とにかく記事を読んでみることにします。最初の記事は、大塚 謙二(北海道壮瞥町立壮瞥中)「生徒に自信と気づきを与える『くりかえし』授業」です。実践報告としては、丁寧で分かりやすく説いている記事だと思いますが、「そこまで欲張って、時間は十分に足りるのだろうか?」と心配になりました。これは以下のどの記事についても言えることです。

 

(4)北原 延晃(東京都港区立赤坂中)「1年生1学期に戻る『くりかえし』の文法指導」は、最初に、「この学校では英検準2級の取得者が、3~4人に1人はいる」とのことで、能力に恵まれた生徒の多い学校だと分かります。文法指導と言っても、文法用語を使っての説明ではなく、I play soccer.→You (play) soccer.; He plays soccer. →He (doesn’t) play soccer. (形式は原文と少し違います)のように、適語を次々と入れさせるような練習をさせているのですが、こういう具体的な練習は有効であろうと私は思いました。

 

(5)渓内 明(東京都文京区立第八中)「教科書をくりかえし扱い、reproduction につなげる」は、①教科書の内容を日本語でよく生徒に説明する、②理解できたならば、音読をさせる、③暗唱できるようにさせる、④本文の内容の要点を示す絵を用意して、教師が途中まで言って、残りを生徒に言わせる、といった手順を示しています。“音読”に関しても、きめ細かく手順を示していますので、その指導方針には同意出来ます。

 

(6)次は、脳科学や認知心理学の話に飛びますので、順番を変えます。田邉 玲(埼玉県教育局西部教育事務所 指導主事)「上手なくりかえしで小テスト波及効果を仕組む」は、“小テスト”の実施方法、特に“単語テスト”の実施方法について述べているものです。細心の注意を払う姿勢には賛同しますが、あまり頻繁にテストを実施して、生徒が「単語さえ覚えれば」といった印象を持たないかと心配になりました。

 

(7)「効果的な『くりかえし』の3原則」は鈴木 渉(宮城教育大)とJeong Hyeonjeong (東北大学加齢医学研究所研究員)(漢字転換に手間取りますので、ローマ字表記にさせてもらいました)は、“くりかえし”を行う場合の理論的な根拠を論じています。副題には、「脳科学、認知心理学、第二言語習得研究の成果から」とあります。これだけでも、特集を組む必要のある大きな課題だと思います。用語の説明はなされていますが、提案されている“3原則”を実践するのは、やはりかなりの時間を要することだと思いました。

 

(8)川原 純子・塩島 梨奈(神奈川県横浜市立南高校)「生徒の『発信力』をつけるラウンド型シラバスのよる授業展開」では、まず“ラウンド型シラバス”とは何だったかなと考えてしまいました。この記事を読んで少し思い出しましたが、「ボクシングの試合で、ラウンドごとに点数を付けて、優勢か、劣勢かを判定するようなもの」といった譬えをしてくれれば、もっと分かりやすかったであろうに、と思いました。執筆者は、「英語教育」誌の啓蒙的な役割を忘れないでもらいたいと思います。

 

(9)山口 和彦(山形県立山形西高校)「スピーク・アウト方式でのくりかえしで総合的な英語力を高める」は、“スピークアウト方式”が、いかに効果的かを数値で示していますが、基本的な問題として、私には同意しかねる点があります。単語の例で言えば、①見れば意味は分かる、②正しく発音出来る、③自分の文で使うことが出来る、のように、幾つかの段階が考えられます。執筆者は、“スピークアウト”をどういう意味で使っているのでしょうか?普通の英和辞典では、”speak out”=speak up (大声で話す)としています。

 

(10)幸前 憲和(大阪商大高校)「ラウンド制聴解・音読授業で言語材料の内在化へ」も理解しにくいタイトルです。“ラウンド制”については最初に解説してありますが、日本語または、発話のキーとなる表現を書いたカードをフラッシュさせて、英文を言う練習をさせることのようです。示されてあるように、パソコンの場面を利用すれば、さらに能率的でしょうが、生徒の能力差が大きい場合などへの配慮にも言及して欲しいと思いました。“言語材料”とか、“内在化”といった用語も定義してもらいたいものです。

 

(11)特集2は、「センター入試目前!『速読』の仕上げ指導」です。入試に限らず、長文を出来るだけ速く読める能力は養成する必要があると思います。“速読”と言うのであれば、まず日本語の速読の力をつけるべきだと思いますが、そのためには、国語教育の協力を得なければならないでしょう。世間の姿勢が、「英語教育には厳しいが、国語教育には甘い」というのは、私だけのひがみでしょうか?英語の検定教科書は語数やページ数が制限されていて、“速読訓練”などやれっこないと私は思うのです。

 

(12)私は、加古 徳次『奇跡のスーパー速読法』(NON Book,1985)という本で速読に挑戦したことがあります。要は、考え方や発想が自由にできるように頭脳の訓練をすることで、一般的に言って、日本の高校生が英語でやれるような生易しいものではないのです。高校生が自分で読みたい英語の本を見つけて読み始めたならば、上出来とすべきだと思います。今回の特集は、1も2も欲張り過ぎていて、英語教育の守備範囲をはるかに超えたものになっていると思います。(この回終り)

「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その14)(文法指導の名人技)

Posted on 2014年10月28日

(1)2014年11月号の特集の1つは、「わかる・使える 文法指導の名人技」となっています。“授業のうまい先輩の真似をする”というのは、自分の授業改善の手っ取り早い方法ではあるでしょうが、いつも上手くいくとは限りません。ましてや、実際の授業ではなく、文字で説明した記事を読んで、そのコツを会得するのは容易なことではないと思います。

 

(2)しかし、何も参考にしないよりはましですから、まず各記事を読んでみます。最初は、大西 泰斗(東洋学園大)「文法指導の勘所」です。総論に相応しいタイトルですがが、いきなり「文法改変」とあるので、ちょっとまごつきました。執筆者の言いたいことは、“教える側の文法の考え方が変わるべきだ”ということのようで、その趣旨には賛同出来ます。これまでも指摘されたことのある大きな課題で、新しいことではありませんし、もう少し平易な言い方をしてもらいたいと思いました。

 

(3)2番目は、田地野 彰(京都大)「語順―『意味論』を軸として」ですが、学問的理論が主な記事ですから、すぐに真似出来るような“技”ではありません。誤解を恐れずに大雑把な言い方をすれば、意味論というのは、構造言語学が言語の“構造(仕組み)”を考えたのに対して、“その構造が何を意味するか”という中味を問題にする理論です。田地野氏は、かなり具体的に意味論と語順の考え方を説明していますが、私には多少の異論があります。例えば、“意味論と五文型”と題する表には、“意味順”として、「だれが」「する/ です」「だれ・なに」「どこ」「いつ」とありますが、最後の SVOCの例文は、“She calls him Billy.” です。表では不要な要素まで含めていて、英語の実例は主要な要素だけでは、生徒は混乱するであろうと思いました。

 

(4)阿野 幸一(文教大)「3単現のS」は、まず中学1年生がこの“単元”でつまずくとしています。確かに、“単元”は他の教科でも使われますが、意味が全く違いますから、英語の場合の説明をしっかりすれば、生徒が混同することは無いでしょう。中学生には、“人称”が分かりにくいし、加えて、「どういう単語がsだけを付ければいいか、es を付ける単語は・・・」のように、問題点が拡大してしまうことを執筆者は指摘しています。そういった注意は必要でしょうが、「生徒は、間接話法で、“He said he was happy.”と言いたいのに、“He said I am happy.” と言うので、ALT でも誰が happy なのか分からなくなる」という箇所は、私にはよく理解出来ません。人称代名詞の問題ではなく、話法の転換の問題にすり代わっているからです。人称代名詞の日本語との違いは、中学1年で扱うべき問題です。その扱い方が問題ですが、“話法の転換”を教える段階では遅すぎるのです(次の(6)を参照)。

 

(5)英文法の用語があまり理論的でないことは、英文法学者イェスペルセンが指摘したことです。すなわち、「“人称”というのは、“動物”や,“もの”にも使うのに、“the first person” (第1人称)と“person” を使うのは理屈に合わない」というわけです。中学生でも、こんな話をしてやると結構興味を示すものです。

 

(6)中学生に英語を教える場合であれば、「親友のことを何と呼ぶか」「3年生の先輩ならどう呼ぶか」といった質問をして、日本語では、同じ第2人称でも、相手によって呼び方が違うことを意識させる必要があるでしょう。機械的に、「I=私、 you=あなた、」と暗記させるだけでは不十分です。“you” が、「おまえ」になったり、「きみ」や「先輩」になることを考えさせたほうが有益であろうと私は思います。

 

(7)末岡 敏明(東京学芸大附属小金井中)「人称代名詞」は、まず、映画「スターウォーズ・エピソード2」で、“I think he is a she.” という台詞があることを紹介していますが、比喩を使って説明する場合は、誰もが知っているものでないと効果がありません。末岡氏の生徒はこの映画を全員見たのでしょうか?また、Longman の SIDE by SIDE からの例も示していますが、こういう資料は参考資料として文末に挙げておくべきものだと思います。

 

(8)石澤 昌大(東京都立小石川中等学校)「前置詞」は、前置詞の“on” や“in” の基本的な意味を分からせる方法として、“何かが箱の上に乗っている図”とか、“何かが箱の中にある図”を見せる方法を示しています。実は私が、編集代表になっている『アドバンスト・フェイバリット英和』(東京書籍、2002)には、こういう図解を多用しています。これは、編集者の一人である阿部 一(独協大学―当時)の発案によるものです。それはともかく、石澤氏は、そういう図をドリルにまで、応用していますが、ドリルの方法としては、「7時に→at seven」、「11時に→at eleven」のように次々と言わせたほうが能率的だと思います。

 

(9)萩野 俊哉(新潟県立高田高校)「後置修飾」は、具体的に例文を示しての解説ですが、指導経験の少ない英語教師には分かりにくいのではないかと危惧します。「生徒が後置修飾につまずくのは、日本語にはそういう語順がないからだ」と述べていますが、私でしたら、中高生にはまず“修飾(する)”とはどういうことかを説明します。国語で教わっているはずだ、と思うなら、そのことを確かめるべきでしょう。それから、“あそこでサッカーをしている少年たち”が、英語では、“the boys playing soccer over there となることを示して、「日本語は頭でっかちな表現になるが、英語ではそれを嫌って、後へ付けたしていく言い方になる」のように説明してから、例文を幾つも言う練習をさせるのがいいと思います。

 

(10)加藤 治之(京都府立嵯峨野高校)「時制―現在完了形の場合」は、生徒に意味や表現を考えさせる例文を多く示しているのはいいですが、その例文のスピーチレベルや主題がばらばらで、理解を困難にしています。あまり欲張らずに1つの状況を設定して、日本人には特に分かりにくい“現在完了”を説明する工夫をして欲しいと思いました。

 

(11)私が教わった太田 朗博士は、「現在完了は、ある過去から現在までという時間領域(時間の幅)を前提にする言い方です」と言われ、中学生程度に分かり易いのは、「ある過去から現在までに何かをしたことがある」という、「一般に“経験を表す”とされる用法であろう」と言われました。生徒には、「時制」という用語さえ分かりにくいのです。“時制”と実際の“時間”の違いをせつめいしてから、“I have read the book three times.” (私はその本を今までに3度読みました(読んだことがあります)とか、“I have talked with him four times.”  のような例文で、暗唱、記憶、応用といった順を追った練習をさせたいと思います。

 

(12)田中 茂範(慶応義塾大)「受動態」は、冒頭で、「『受動態』の『態』ってどういう意味?」と問いかけていますが、すぐに英文法の “voice” の話になっています。これでは高校生でも混乱するでしょう。漢和辞典によれば、「態」の原義は「姿、形」のことです。柔道の試合の様子を思い出させて、「自分から何かをしかけるのか、それとも相手が何かをしかけてくるのか」で、その場の表現方法が変わることを意識させるのも1つのやり方だと思います。

 

(13)特集の第2は、「発信!国際バカロレア!」です。この「発信!」が何を意味しているのか、私には分かりませんが、“バカロレア”自体は長い歴史のあるもので、目新しいものではありません。特集の扉ページには、かなり詳しい説明もありますが、高校生を指導している英語教員があわてて準備に入るべきものでしょうか?文科省や、地方自治体が動き出しているようですが、その前に、“日本の英語教育はどうあるべきか”、をもっと考え、話し合う必用があるのではないでしょうか?

 

(14)特集2には、2編の実践報告的な記事があります。関心の強い自治体や学校の関係者には有益な内容だと思いますが、毎日、生徒にどのように英語を分からせようかと苦労している英語教員がすぐに飛びつくべき問題ではないと私は思います。(この回終り)

「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その13)(活動アイディア集)

Posted on 2014年9月30日

(1)「英語教育」誌(大修館書店)2014年10月号の特集1は、「教室が元気になる活動アイディア集」です。指導法が効果を発揮するためには、幾つかの条件があります。①クラスサイズが適正であること、②指導教員の経験が豊富であること、③他の英語教員との協力体制があること、などが考えられます。「“新米教員”の場合はどうすればよいのか?」といった疑問が生じると思いますが、それこそ、学校全体の協力が必要になる場合でしょう。“過疎化地域”のような場合は更に広範囲な地域協力が重要になってきます。

 

(2)最初の記事は、鈴木 寿一(京都外語大)「『活動』の計画・実施の際に考えるべきこと」です。鈴木氏は、「学習目的の活動」と「コミュニケーション目的の活動」を区別して考えているようですが、私は必ずしも同意出来ません。“コミュニケーション活動”の中にも、学習目的が含まれることもあるでしょうし、学習活動の中にも、相手に自分の意思を伝えようとする活動が含まれることがあると考えるからです。全体的には丁寧な説明で、分かりやすく書いていると思います。

 

(3)次の久保野りえ(筑波大附属中)「活動の考案から実践まで」は、「自由度のある少し高度の学習と、過去形の暗記のような具体的な基礎練習をうまく組み合わせたい」という趣旨のもので、私も同感です。1つ気になったのは、他の記事が2ページなのに(最初の記事は3ページ)、ここは1ページなのは編集方針としては不公平ではないかという点です(1ページの記事は他にも3編あります)。

 

(4)今西 竜也(京都教育大京都附属小・中校)「オーラル・インタープリテーションを取り入れたスピーチ活動/ 英語の歌」は、欲張った題ですが、“ねらい”も結構程度が高くて、“単調なスピーチからオンリーワンのスピーチへ”とあります。もちろん、そういう指導が可能な学校があるとは思いますが、“一般的に可能な状況”とは言えないでしょう。「英語教育」誌の啓蒙的な役割も意識して欲しいと思います。

 

(5)川渕 弘二(奈良市立平城東中)「ペアワークによる Q & A/ スピーチを聞いて自由英作文」も欲張った題ですが、日頃実践していることを報告するのであれば止むを得ないことは分かります。「音読練習をする場合も、それだけが目的になるのではなく、後のコミュニケーション活動に繋がる練習であるべき」といった趣旨の主張も分かります。しかし、指導用の専門用語を次から次ヘと使いながらの説明は、ベテラン教師でも戸惑う場合があるのではないでしょうか?英語教育の初心者も視野に入れた書き方をして欲しかったと思います。

 

(6)柏村みね子(東京都文京区立音羽中学)「メッセージを届けよう!――Our Voices to the World――」は、生徒による平和へのメッセージを韓国の中学生と交換することの実践報告です。日本の敗戦後10年ほどで、私はある県立高校の英語教師になっていましたが、クラブ活動として英語で文通することが盛んでした。その際は、高校生でも実力以上の英文を書こうとして、基礎的な練習がおろそかになる危険性を感じました、そういう懸念にも言及してもらいたいと思いました。

 

(7)立花 桜(兵庫県三木市立三木東中学)「クリエイティブ・ライティング/ 代名詞へのアプローチ」は、“クリエイティブ・ライティイング”と“代名詞へのアプローチ”という組み合わせが奇妙に感じられました。記事では、それぞれの実践方法を図解と写真で具体的に解説してありますが、あまり能率的な学習方法ではないように私には思えます。

 

(8)山口 均(大阪府貝塚市立第二中学)「日常的に使える協同学習の課題」は、教科の枠を超えて、学校全体で同じような指導方針と方法を実践している学校からの報告です。そういう学校もあっていいとは思いますが、各教科の特色は軽視してはならないと思います。“生徒同士による文法ルールの説明”の例が示されていますが、とても時間がかかり、能率が悪いように思います。

 

(9)藤田 義人(秋田県立横手清陵学院中学)「リスニングをベースにした技能統合タスク」は、“4技能”を統合するための方法論ですが、中学生であれば、中学終了の段階でやっと少しは可能になることで、学習段階で目標にするのは逆効果にならないか、と私は心配します。

 

(10)武田 富仁(群馬県立板倉高校)「『学び直し』の学校での授業の活性化」―生徒の自尊感情に配慮した活動」では、まず「“学び直しの学校”とはどういうものか」を理解する必要があるでしょう。私は、大学や専門学校での“成人の学び直し”のことは知っていましたが、そういう高校があることは知りませんでした。最近は、学校制度が多様化していますから、“学び直しの高校”については、これだけで、特集を組む必要があるように思います。写真や図解などを加えての親切な記事ですが、2ページでは全体像を理解するには不十分だと思います。この号では、「<文部科学省で検討中の「小学校英語教育の改革」に対する提言>について」という英語教育学会の主な責任者による提言」を掲載してあるのです。これこそ、特集として取り上げて欲しかったと思います。

 

(11)山口 朋久(滋賀県湖南市立石部中)「要約活動への段階的指導」は教科書本文の要約を目標に、その方法論を説いていますが、わずか1ページでは意を尽くしにくいと思います。編集部の責任でしょうが、どうして今回の特集記事はページの割り当てばらばらなのでしょうか?

 

(12)東村 広子(埼玉県所沢市立所沢中)「立体的に読む活動」は、“立体的に読む”とは何だ?と不思議に感じて、“立体プリンター”で何か作るのかと思いました。記事では、5時間くらいかけて、グループ学習をさせて、教科書の読みを深める手順を説いていますが、そんなに時間の余裕があるのだろうかと心配になりました。ここも割り当ては1ページです。

 

(13)池田 あゆみ(京都光華中)「ポスター形式での国紹介」は、生徒によるプレゼンテーションの実例を述べたものですが、1ページの中では要領よく解説してあります。ただし、英語の時間数や教員数など全体像が分からないと、単なる“高嶺の花”になると思います。

 

(14)特集2は、「発足!スーパーグローバルハイスクール」ですが、自民党の“話せる英語教育を”という政策の一環としての制度の変更です。2校の実践報告がありますが、どういう問題点があるかも指摘してもらいたかったと感じました。多くの国民が知らないうちに、制度だけがどんどんと変わってしまうのは決して望ましいこととは思えません。(この回終り)