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湯川の授業・講演(湯川秀樹の日本語力)

Posted on 2010年1月21日

 湯川の授業も講演もたいへんに評判が悪かった。坂田昌一を初め心酔していたお弟子さんも「黒板の方を向いて,小さな声で,書いてきたメモを読み上げるだけで,どこを強調するわけでもなく,眠くなった。学生の顔はまったく見なかった。」と書いている。(しかし,当時「量子論」といった新しい分野の授業はどこにもなかったので,学生はみんな出席してそれなりの刺激と満足を得ていたようだ。)

問題のノーベル賞につながる研究発表にしても,小さな声で黒板の方を見ながら読んでいくだけで,ほとんど聞こえなかった,質問もなかった,と伏見康治ほかの多くの人が書いている。欧米でも「もっと大きな声で!」といつも聴衆から声がかかったと本人が言っている。

中年以降の湯川の授業・講演は,メモ程度で原稿なしで話すことが多く,評判はたいへんよい。声もかなり大きくなり,ユーモアもあり,挿話が多くておもしろかったと言われる。

それではと,インターネット上で見つけて湯川の講演を聞いてみた。確かに声は大きくないが,やや高い,よく通る声で,マイクさえあれば大丈夫だ。文尾で声を落として流すので,マイクなしでは文尾が聞き取れないだろう。

集中講義の講義録が本の形で出ている。これを読んでみると実におもしろい。有名人なので物理以外の学生も聞きにくる。そういった人たちにも何らかの刺激を与える講義だ。まずは,物理学をできあがった学として,体系的にすらすらと説明するのではなく,できあがる過程のぎくしゃくなども入れて話し,ターニング・ポイントにおいての学説のせめぎ合い,そのときご自分はどう考えたか,なども織り交ぜて,聞き手を引きこむ。単なる学説だけでなく,研究者の「哲学」をもちらっと見せてくれる。ときどき脱線したと本人は言うが,全体の話にぎくしゃくはない。多弁ではないが,話上手で,得るところ極めて大である。
(村田 年)

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