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サッチャー教育改革の功罪(5)

Posted on 2014年12月17日

「サッチャー教育改革」の大失敗(2)

 

●6.ほんとうに成績は向上したのか

 

イギリスではいわゆる教科書といったものは決まってなかったので、何を使ってもよかった。教員の専門性に応じて、シェイクスピアの作品を1冊克明に読んでもよかった。広い知識よりも論理的思考、しっかりした考えを持つといったことが強調された。真の深い学力を望む傾向が強かった。

 

ところが、テスト主義になり、常に採点され、序列化されるようになって、変わってきた。

せいぜいがパラグラフを読む、単文を書く程度で、すぐに明示的な答えを出させ、それを採点・評価する。すなわち、狭い意味の力しかつかない状況になった。それゆえに政府は成績が向上したと言っているが、はたしてそれが向上なのか、下降なのかは問題だ。

 

学校、校長、地方教育局は、子供の学力向上よりも予算を増やすことに眼目があり、明示的な数字を求めすぎ、どうしても無理をし過ぎる傾向があった。

 

教育の結果がはっきりしない文学作品に対する関心は、だんだん低くなり、他方で、論理的思考を養うクリティカル・シンキング的な授業も少なくなってきた。

 

イギリスのある大学生への調査では、学生たちには知識はあっても、エッセイで自分の考えを論理的にまとめて議論する力や、科目の中核となる諸概念に対する深い理解力が欠けていることが判明したという。

 

天下に有名なAレベル試験も、サッチャー改革の影響を受けて変わってきた。かつては例えば「経済」で、「資料のグラフ、表から近年の金融状況を論ぜよ」これ1題でほかに問題なし、結果は「A」が5%以下で、Aを取った受験生は希望の大学へ入れるといったことがあった。

 

専門性が強く、問題そのものが日本でなら大学生でなく大学院生が解く問題だと思われるところがあった。

 

ところが、近年では、問題も小分けされ、平易になり、Aレベルの取得率も上がり、「A」は平均25%以上で、Aを取ったからと言って、そう珍しくはなくなった。大学は倍増し、学生定員は三倍増して、大学もエリートのものではなくなり、平民化したようだ。

 

●7.イングランド以外の動向

 

ご承知のように、英国は連合王国と称し、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなっている。労働党のブレア―首相になってから、「地方分権化」が進み、1999年にスコットランドとウェールズに議会と地方政府が設置された。さらに北アイルランドにも分権を進めた。そして、さまざまな分野で中央政府からの権限移譲がなされた。

 

北アイルランドは統一学力テストを廃止し、カリキュラムも大幅に改変の方向に向かった。ウェールズでも全テストが廃止され、カリキュラム改訂の作業が進んでいる。スコットランドではさらに進んで、新しい学力評価体制が確立しつつある。いずれの地方政府も「テストでは計れない「総合的な学力」をつけさせる」体制を模索しているのであった。

 

ウェールズは、もっともイングランドと歩調をともにしてきたが、2004年に全小・中等学校においてナショナル・テストを廃止した。「ナショナル・テストは教師と生徒の双方にとって弊害が多すぎる」「”テスト中心主義“から子供を中心におき、教師の役割を重視する教育体制に移行する」と教育長官は宣言した。学力テストそのものはその後も行われているが、テスト結果は教師の評価資料とし、地方政府がテスト結果のデータを集約することはない。

 

統一カリキュラムについても、幅広い知識を教えることに重点が置かれ過ぎて、子供の考える力や応用力、コミュニケーション力などが軽視されていると結論づけた。

 

このようにして、スコットランドもウェールズも北アイルランドも市場原理を導入したサッチャー教育改革から離脱して、新たな体制に向かって歩みを進めつつある。

 

今では「イギリスでは」というのは、たいていの場合「イングランドでは」を意味していると考えてよいであろう。中央政府の集約力はどんどん弱まっている。これは案外一国の

政治の望ましいあり方なのかも知れない。

 

●9.イングランドにおける修正の方向

 

テスト結果は教師が判定する際のひとつの材料とする、成績発表も、従来のように全国を1つにして、成績順に学校を並べるのではなくて、学校の置かれている地域差などを考慮して、また前回テストからの向上率なども考慮して発表する方向へ転換をはかりつつある。

 

反対する教員組合、校長会とも話し合い、教員・校長にとって大きな負担であり、自由を制限されていると感じていることを認め、それぞれの学校の創造的授業を奨励する方向を取りつつある。がしかし、教育改革体制の根幹を変えるものにはいたっていない。

 

教育技能省の大臣は、ナショナル・テストとそのテスト結果の公表は、教育改革の根幹なので、やめることは考えていないと言い続けている。

 

(つづく)

 

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