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浅野:英語教育批評:「2−1=1か?」ということ

Posted on 2009年5月15日

 「政府は小さいほうが良い」とだいぶ前から言われて、例えば、厚生省と労働省を1つにして、「厚生労働省」にした。確かに大臣2名が1名になったので、小さくなった感じはする。しかし、2つの省に勤務する公務員を半分解雇するわけにいかないから、ほとんどそのまま残ったわけだ。定年や自発的退職などの場合には後を補充しないということはあるが、公務員の定員削減はとても時間がかかる。つまり、2−1=1ではないわけだ。しかも、不景気になって、新型インフルエンザが発生したりすると、厚生労働大臣は、雇用対策から医療のことまで、てんてこ舞いで対応しなければならない。人間の能力には限界があるから、厚労大臣の答弁が官僚的になるのもやむを得ないのかも知れない。副大臣とか事務次官かいう人は何をやっているのかと疑問にも思う。結局「小さな政府」そのものが「まやかし」だったのだと思わざるを得ない。
 銀行の合併などもそうだ。2つの銀行が1つになると、支店の数を減らすから、以前より混んで待たされる時間が長くなる。自分たちの経営利益のことだけで、利用者のことはあまり考えていない。これは1+1=2ではない例だ。
 教育の問題では次のようなことがある。小学校や中学校では、生徒数の減少もあって、日本人教員2名が1クラスを担当することがある。政府与党はクラスサイズを小さくすることは日教組の要求に屈することになるという面子があるから、2名で協同授業をすることを期待するようだ。そうなると、綿密な相談が必要になるので、1人で担当するよりも時間も労力もかかる。1÷2=1/2とはいかない場合だ。ALTとのティームティーチングを経験した英語教員はこのことがよくわかるはずだ。
 こういうことは教科教育の授業でも教えないし、講義を聴いたくらいで身につくものでもない。そうだとしたら、教員に義務付けている講習会などで、協同授業のあり方を実践させるのがよいであろう。英語教員の能力をTOEFL の成績だけで判断しても意味がない。すでに教員免許更新の結果も公表されたが、文科省や教育委員会は、「英語教員の資質とは何か」について公開の場で議論をして、それから、具体的な方針を決めるべきではないか。行政改革という美名の陰で自分たちに都合のよいところだけを先取りするようなことはしないでもらいたい。
(浅 野 博)

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