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湯川の文章(湯川秀樹の日本語力)

Posted on 2010年1月20日

 湯川のノーベル賞論文執筆までの自叙伝である『旅人―ある物理学者の回想』を初めて読んだときに,実にすばらしい文章だと思った。直線的で回りくどくなく,具体的で,イメージがわく書き方で,やさしい,語りかけるような文章で,私の受けた第1印象は,このようなエッセーが書けたらどんなにいいだろう,と思ったことであった。

これは1958(昭和33)年3月18日から7月8日まで「朝日新聞」の夕刊に連載されたもので,平成9年6月に日本図書センターから1冊本として出版された。現在手に入るものは,角川文庫版である。

これを書いた頃,すなわち昭和33年には湯川の伝記はすでに5,6種以上出版されていた。本人もいろいろなところに自分の生い立ちの一部を書き,近親者や同級生,同僚,お弟子さんたちもいろいろと聞かれたことであろう。ふつうの人と違って,小さい頃のことが繰り返し掘り起こされ,書かれて,明確な形を帯びて,書きやすくなっていたせいもあって,たいへん具体的な記述になったのかも知れない。

ある参考書によると,これは「口述筆記」であったという。角川文庫版にもほかのどの参考資料にもその記述はないが,おそらく(口述筆記)であったのであろう。言われてみると口述らしい箇所がなくはない。しかし,1冊本にするときもほとんどどこも直してないという。たとえ口述筆記であっても,湯川らしい几帳面な校正があったのであろう。

ほかの湯川のエッセーのどれも最初の1行目から引き込まれる。無駄がない。いきなりテーマが示され,直線的に説き進められる。透明感がある。飛躍もあり,含蓄がある。行間は読み手の自由に,といった面もある。くどくどと説明はしない。はっきりとものを言い,どちらでもいいが,といった書き方はしない。読んでいて清少納言の 『枕草子』 を私は思い浮かべた。
(村田 年)

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