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3.青春の「なぞ」

Posted on 2010年6月5日

作山宗久氏によれば,現在書かれたものとして残っている原本の異本は9種だそうだ。しかし,いろいろな人が,挨拶文の中で,スピーチで,あらゆる機会に引用するので,無数のバリエーションがあると,アン・ランダーズもコラムの中で言っている。

マッカーサー元帥も,スピーチの中で,挨拶で,「青春」を引用しているが,強調の副詞を加えてみたり,1節の中ほどを省略したり,最後に自作の1行を加えたりしている。完全に暗誦している人が多く,朗読ではなかったので,よけいに形を変える率が高かったと言えよう。

1)ほんとうに岡田氏が訳したのか
日本で最も良く用いられているのは岡田義夫訳である。これは作者名も訳者名もなしで配られていたため,同じものが松永安左ェ門訳として出回ってもいる。電力王と言われた松永安左ェ門自身もたいへんに力を入れて,「青春」の普及に努めていた。

一説によれば,岡田氏が壁に貼っていたのは彼自身の訳ではなくて,写し取ったもので,森平三郎氏の勘違いで岡田訳になってしまった,松永氏は日常の手紙の文章が漢文調で,「青春」の訳文の中に松永氏の常套句がいくつかあると言っている人もいる。しかし,このへんはわからない。松永氏は「青春」を色紙の形で印刷し,1万部も送ったり,額に入れて飾ったりしている。最初は自作の訳であったが,やがて名訳である岡田訳を採用したとも受け取れる。現行の私たちが見るものはやはり岡田訳であろう。

2)John Lewis とはだれか
マッカーサーに改作版を送ったのは友人のJohn Lewis氏(コーネル大学教授)だと言われているが,作山氏の問い合わせに対して,リーダーズ・ダイジェスト社は再度調べたが,John Lewis という人物については何もわからないと答えているという。大学教授でもマッカーサーの同級生でもなく,単なるマッカーサーフアンなのかも知れない。

このJohn Lewis の改作版はいくつかの点で原本を誤解していて,それほどの人物によってなされたものとは思えない。ひとの口から口へと伝えられるうちに変えられた版のひとつかも知れない。

3)wireless(無線通信)が wires(有線通信)になった謎
これが最大の謎である。もとの詩には「無線」ということばが3回,代名詞 it によるものも入れれば4回も使われている。 a wireless station(無線通信局),it(無線通信局),the aerials(アンテナ), your aerials(あなたのアンテナ)

これは何を意味するのだろうか。実は「無線通信技術」はその当時最新の注目すべき革新的な技術で,人々の関心の的であったのである。「無線通信」は1895年にマルコーニによって発明され,1912年のタイタニック号の海難事件において,目覚ましい活動をし,700名あまりの命を救い,たちまち人々の注目を受けるにいたったのである。

1918年にウルマンが「青春」を書いた当時は,まだその印象は強く,アンテナを高く張り,希望の電波をとらえる限り,人は最後まで青春を謳歌し,生を全うすることができるとウルマンは詠ったのであろう。

それが1945年のリーダーズ・ダイジェストのJohn Lewis による改作版では「無線」(wireless)ではなくて,「(有線の)通信」(wires)が1回使われているだけである。When the wires are all down((電話などの有線の)通信網が閉ざされたときに)

これでは何のことかがわからず,岡田氏は「これらの霊感が絶え」と意訳している。理解に苦しんだことであろう。もとはと言えば,John Lewis なる人物が,その当時「無線」が輝かしい未来を約束する新技術であったことに気づかなかったからだと推察される。たちまちにして「無線」は当たり前の技術となり,ほんの30年前の姿がわからなくなってしまったのだ。(手島佑郎氏のHPを参考にした。)

リーダーズ・ダイジェストには次のような注がある。
Given to MacArthur some years ago by John W. Lewis. It is based on a poem written by the late Samuel Ullman of Birmingham, Ala.

また “How to Stay Young”という題名がつけられている。「若さを保つ保ち方」といった題名の付け方はやはり「青春」を誤解していると言わざるを得ないであろう。ウルマンは歳を取ってもいつまでも若々しく保つには,と年配者に向かって言っているのではなく,若い人に向かって,うかうかしていると,と注意を促しているわけであろう。

次回は,このへんを「「青春」における“誤解”」として解き明かしてみたいと思っている。(村田 年)

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