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3.マイケル・サンデル教授の講義

Posted on 2010年11月2日

ハーバード大学の看板教授であるマイケル・サンデル教授はもうご存じの方が多いであろう。何度か日本に招かれ,テレビの「白熱教室」で,講演会の「白熱講義」で,また,東大や早稲田大における1,000人を超える学生を魅了した講義で,聞き手を惹きつけ,著書の翻訳『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)は40万部を超えるベストセラーだという。

サンデル教授のハーバードでの講義は受講生が常に1,000名を超えていて,前例がないとのこと。講義はいつも身近な具体例から始まる。例えば,

1) 市街電車のブレーキが故障して,そのまま進んでいくと5人の工夫を殺すことになるが,途中で引き込み線へ入れると1人殺すだけで済む。「君ならどうするか?」

2) イチローの年俸は日本人教師の400倍,オバマ大統領の42倍だ。「これは「公平」「正義」と言えるだろうか?」

このような正解のない,あるいは正解を用意してない問題を学生に問うて,考えさせる。学生を指して意見を聞く。なぜそう思うかを聞く。褒める,名前を聞いて覚える。(あとでその覚えた名前で何度も指す。)さらに反対意見を求める。褒める。君のその考えは「最大多数の最大幸福を目指す」ベンサムの「功利論」(utilitarianism)だ,あるいは,それを突きすすめていくと,このような学説につながるだろう,などと論理的思考に導いていく。

君の理由づけはカントだ,カントの道徳的価値と同じだ,君はいいこと言うなー,お名前は何と言う?また,そのように目的に拘るのはアリストテレスだ,アリストテレスは徳を培うことこそ「正義」だと考えたのだ,などと学生に率直に言う。

このように自分の意見が,理由づけが有名な哲学者につながるなどと言われた学生は舞い上がる。カントを,アリストテレスを,ベンサムを調べようと決意するだろう。今まで,単なる遠い,恐れ多い知識と思っていた学説が急に身近になる。遊んではいられない,調べて考えなければと思うだろう。

サンデル教授は美味しい料理を目の前で見事に作って見せるのではない。選りすぐった素材をまな板に乗せ,学生といっしょになって,どちらにしようかと話し合いながら料理を作っていくのである。どちらかというと学生に作らせる。そのあとで,まとめとして,素材,料理,隠し味(諸哲学者の説)を解き明かしてくれるのだ。

哲学の問題は,哲学者だけのもので,われわれは有難く拝聴するだけ,というのではなくて,われわれの日常生活そのものに哲学の問題が常に存在していることを明らかにしてくれる。

日本人はシャイで,学生との討論などできるものではない,と思われていたが,1,000人もの大クラスで,大きく意見が別れる問題について,活発に,しかも理性的に議論が展開した。教授は上から教えるよりも,学生たちに自主的に考えさせる授業の見本を示してくれた。もしかしたら,日本で対話型の授業が苦手なのは,学生ではなくて,先生の方なのかも知れない。

英米におけるそのような「教育力」はどのように習得されたもので,その下敷きとしてどのような教育が,小・中・高・大においてなされてきたか,先ずは実例から,ついで小学校教育等を見てみたい。
(村田 年)

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