言語情報ブログ 語学教育を考える

浅野:英語教育批評:「本から学ぶこと」を考える

Posted on 2011年7月21日

(1)「英語教育」誌(大修館書店、2011年8月号)の特集は、「夏休みは洋書三昧~思い出の本・おすすめの本」である。3月11日の東日本大震災の前からだが、学校教員の勤務条件は厳しくなっていて、夏休み中でも自由な時間が取りにくいという声がよく聞かれた。しかし、なんとか個人的な努力で時間を生み出して、本を読んで勉強しようというのであれば、反対する理由はない。
 
(2)この特集のようなテーマで多くの執筆者に依頼すると、同じような書物が列挙されたり、個人的な趣味に偏ったりしがちである。今回の特集では、テーマや話題を整理してあるために、そういう弱点は避けられている。読者にとっては有難い配慮である。内容も、科学者のもの(池内了「学者の2つの顔」)、歌人のもの(井辻朱美「二世かけて」)また、近代デザイン史研究家のもの(柏木博「豊かなアメリカ生活様式」)など多彩である。それだけに「洋書(三昧)」という言い方は、西欧文明にあこがれた明治時代の名残があるので、ここで使うのはふさわしくないと私は思う。
 
(3)さて、私自身も英語教員としてお世話になった書物は多いが、1冊だけならば、丸谷才一『日本語のために』(新潮文庫、1978)を挙げたい。英語教師は日本語に弱いという傾向があるので、自省を含めてもっと日本語を勉強すべきだという思いがある。また、この1冊には、教育問題への言及が多いことも選んだ理由になる。例えば、小見出しには、「子どもに詩を作らせるな」「よい詩を読ませよう」「中学で漢文の初歩を」「文部省にへつらうな」などがある。そして、「総理大臣の散文」というのがあって、“現代の話題ではないか?”と思わせる。
 
(4)実はこの書物が書かれた頃の総理大臣は田中角栄で、彼は日中国交再開を祝って、北京で漢詩を書いた。それは、「国交途絶幾星霜。修交再開秋将到。隣人眼温吾人迎。北京空晴秋気深。」というもので、この漢詩について丸谷氏は、「新聞広告の『美邸瓦水日当良』という文句を思い出した」と言い、しかしながら、「田中首相のザックバランな人柄が嬉しいと喜ぶこともできよう」とも述べている(p. 91~)。
 
(5)アメリカの政治家が日本へ来て、自ら作った和歌か俳句を披露したならば、それがいかにつたないものでも、日本国民は拍手喝采して喜ぶのではなかろうか。しかし、それで外交交渉がうまくいくという保証にはならないであろう。中国は、田中角栄を最後まで“恩人”として敬したようだが、この辺りは日本人と感覚が違うようだ。最近のように、自ら混乱と政治不信を招く言動の首相も困るが、成熟した民主主義社会の国民はもっと大人にならないといけないとも思う。(浅 野  博)
 
【私の記事に対するコメントは原則非公開扱いとさせていただきます】

Comments (0) Trackbacks (0)

Sorry, the comment form is closed at this time.

Trackbacks are disabled.