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「英和・和英辞典」を再考する

Posted on 2011年11月25日

(1)「英語教育」(大修館書店)2011年12月号の特集は「英和・和英辞典の今~進化を探る~」である。私にはこの副題は不要のように思える。なぜなら、英語辞典の現在を考えるならば、必然的にその歴史的な経過をたどることになり、その結果、進化している点もあり、そうでない点もあるといった指摘が予想されるからである。

 

(2)現に、冒頭の南出康世(大阪女子大名誉教授)「英語学習辞典の新しい流れ」の小見出しには「英語学習辞典の歴史:進化・革命・退化」とある。また、この記事は辞書学(lexicography)の立場を論じているのだが、中高生を目の前にして、単語の意味や辞書の使い方を教えることに腐心している教師にとっては、あまり関心の持てる分野とは思えない。こういう知識もある程度必要だと言うなら、「辞書学入門」といった記事を提供すべきであろう。

 

(3)辞書を作る立場からは、“コーパス”をどう利用するかは大きな問題である。今回の特集でも、赤瀬川史朗(Lago 言語研究所)「コーパスを利用した辞書制作―その誕生から未来に向けて―」と、投野由紀夫(東京外語大教授)「学習者コーパスと辞書」の2編がある。前者は辞書の語彙や語義選択における“頻度”や“重要度”といった要素が、コーパスを利用することによってより客観的になったことを指摘している。ただし、それで問題が解決したわけではなく、英語母語話者の直感とコーパスとの食い違いが見られるとも述べている。

 

(4)投野氏の記事は、日本人学習者の学習段階への配慮をして、This is a my pen.のような誤りを“学習者コーパス”の示すエラーのタイプで分析して示している。“コーパス”の利用には、その種類や使用目的を考慮すべきことは当然であろう。「誤答分析(error analysis)」の考え方は1980 年代に盛んになったもので、『英語教授法辞典(新版)』(三省堂、1982)には詳しい解説がある。しかし、“学習上の誤り”というものは学習者個々によって程度や原因が様々なので、矯正方法には細心の注意が必要であり、今日では、“失敗例”よりも“成功例”の応用に関心が向いていると思う。

 

(5)「和英辞典」は「英和辞典」の一割程度しか売れないと言われるくらい需要が少ない。多くの学習者は、単語くらい引くことはあっても、例文を見ても応用が利かないのだ。森口稔(テクニカルライター)「和英辞典の3つの時代」は、「記載がない」「誤訳または意味のずれがある」「複数の訳語の違いが分からない」など和英辞典の欠点を指摘しているが、これらは、ほとんど「英和辞典」にも当てはまるものである。そうなると、この特集には“紙の辞典と電子辞書の限界”を論じた記事も欲しくなる。

 

(6)辞書における発音表記も厄介な問題である。南條健助(桃山学院大教授)「変容する英米の英語発音と英和辞典の発音表記」は『ジーニアス第4版』の発音表記担当者が、発音表記の方針を述べたものなので、「『G4』の発音表記について」とでもすべき記事である。南條氏は、日本の英語学習者は保守的な英和辞典の発音表記のために、「何十年にもわたって、無用な不利益を被ってきた」と述べているが、私は、これは自信過剰な自己評価で、賛否両論があろうと思う。『G4』の表記に従えば、日本人英語学習者の発音問題が解決できるほど単純なものではないからだ。

(浅 野 博)

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