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「日本人の知らない日本語」を再考する

Posted on 2012年1月30日

(1)私は2011年1月の英語教育批評で、マンガ本の『日本人の知らない日本語』を扱いました。だいぶ日時が過ぎましたが、その2巻目(2010年2月発行、蛇蔵&海野凪子、メディアファクトリー)を読みましたので、日本語の問題を再考することにします。全体的な印象として、2巻目はかなり専門的になっていますから、第1巻は65万部以上売れたそうですが、今度はそんなに売れるとは思えません。ただし、売れるか売れないかは余計なことで、何らかの方法で日本人が日本語にもっと関心を持つようになることを期待すべきでしょう。

 

(2)マンガにすると面白くなることは確かなのですが、テレビのお笑い番組と同じで、「その場で笑って、すぐに忘れる」ということになりやすいものです。例えば、2巻目では、ジャックというイギリス人が来日して間もない頃、自分の会社の社長宅を訪問したら、娘さんらしい若い女性が出てきたので、「お父上は居らっしゃいますか」と言うつもりが、「おじょうさんのおちちはございますか」と言ってしまい、警察に通報されそうになったという話があります(p. 29)。しかし、読者がこれで正しい敬語の使い方を覚えてくれるのかという心配が残るのです。

 

(3)マンガではなくて、言語の専門家による「日本人は日本語を知らない」ことを警告する本は沢山あるのです。例えば、城生佰太郎(じょうお・はくたろう)『日本人の日本語知らず』(アルク、1989)、金武伸弥『新聞と現代日本語』(文春新書、2004)など。前者は、アルタイ語(蒙古語まど)の専門家が、現代日本語の問題点(間違い)を数多く指摘していますし、後者は新聞に見られる漢字表記の問題などを論じています。

 

(4)上記の城生氏の本には、語法や文法のことばかりではなく、発音のこともかなり詳しく扱っていて、第4章は「学校では教えてくれない日本語の発音」と題してあります。私も日本の学校では、実用的な日本語の音声学的訓練を受けた教員はとても少ないと思っています。城生氏は、この章の小見出しの最初を「サシスセソのピンチ」として、1986年に東京新聞が取り上げた日本語の発音の問題を解説しています。

 

(5)その問題とは、日本語で「神経」とか「進歩」と言う時の [シ] の音が英語の [ th ] や [ s ] の音になっているということで、“英語教育のお陰だ”などと喜ぶべきことではないようです。外国語を学ぶことによって、母語がおかしくなってしまうのでは、外国語を学ぶ意味がなくなるのですから。

 

(6)金武氏の『新聞と現代日本語』の中では、「新聞は“順守”し、教科書は“遵守”する」という問題を論じて(p. 50)、学校教育と新聞の用法とのずれを指摘しています。そういう“ずれ”が生じる期間は長くはないのですが、新聞に比べると、国語審議会や文科省の対応は遅れがちになるのです。そして、いつも犠牲になるのは、生徒や受験生なのです。こんな“お役所仕事”は早く止めてくれることを切望します。

(浅 野  博)

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