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『ああアメリカ』について考える

Posted on 2012年3月26日

(1)板坂元(いたさか・げん)氏の書物に『ああアメリカ』という題のものがあります。1973年に講談社現代新書として出版されたものです。この題では、アメリカについて“親しみのある国”とか“尊敬すべき国”といったイメージはまず浮かびません。憐れみとか同情を感じるのが普通だと思います。このような題にした真意を考えてみたいと思います。中高校生には、秋葉忠利『アメリカ人とのつきあい方』(岩波ジュニア新書、1989)をまず薦めたほうがよいでしょう。後に広島市長となった秋葉氏には、平和への強い信念が感じられます。

 

(2)この書物のカバーによりますと、板坂氏は1922 年に中国の南京に生まれ、東大文学部国文科を卒業しています。専攻は江戸文学で、1957年にケンブリッジ大学で、1960年にはハーバード大学で日本文学や日本語を講じて、この書物の出た 1973年頃まで10年以上の滞米生活を送っています。それでいて、“アメリカべったり”の姿勢にならない点に私は魅力を感じました(なお彼は2004年に82歳で歿しています)。

 

(3)実は、この書物のタイトルの下には小さい活字で、「傷だらけの巨象」という副題が付けてあるのです。つまりこの書物は、“巨象”すなわち“大国アメリカ”の陰の一面を批判しているのです。便利そうな日常生活に憧れるだけで、アメリカの退廃を指摘する多くの人がいることなど知らない当時の日本人への警告の文章なのです。

 

(4)40年ほど前に、アメリカで暮らすようになった日本人たちは、大きな冷蔵庫やクーラーなどのあるアメリカの“贅沢な暮し”を満喫するのですが、板坂氏は、それは始めのうちだけで、「一旦機器が故障すると何軒に電話しても応答がなく、やっと連絡がついて待っていると、“すっぽかされる”ことが多い」という趣旨の嘆きを書いています(p. 18)。

 

(5)日本でも、実際の“サービス”は広告宣伝のようにはいかないことがありますが、騙されるということはめったにないと思います。騙されると言えば、腹が立つのは「おれおれ詐欺」でしょう。日本人の“お人好し”につけ込んで、何千万円という大金を騙し取るのですから。これからは、若い人に、「誰も信じるな」と教えていかなければならないとしたら、誠に残念なことですし、教育上の大問題です。

 

(6)英語教員としては、「アメリカはダメな国だ」と単純に教えるのではなく、「アメリカという国を理解したかったら、もっともっと英語を勉強して、アメリカ人と話し合い、意見の交換をして、お互いに長所短所を認め合うところまでいけるようにしよう」と励ますべきでしょう。

 

(7)板坂氏は次のように書いています。「(日系移民に関しては)警察に捕まるような犯罪者は急速に減っていて、若い世代の医学、工学、建築、教育の面への進出が目立って多くなっている。やはり、三代の間に、しかも戦争のためにいったん破産状態にされた日本人が、少数民族ではあるがすぐれて頭角を現しているのは(ニューズ・ウイーク71年6月21日号)どこかに日本の伝統を背負っているからではなかろうか」(p. 170)。40年ほど前のことですが、心に留めておくべき指摘だと思います。

 

(8)伝統というものは、時には足かせにもなるものですが、完全に捨て去ることはできないものです。英語教員は、日本文化の伝統を見直しながら、学習者に英語の力をつけるような努力をしたいものだと思います。(この回終り)

(浅野 博)

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