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英語教員が英語力をつけることを考える

Posted on 2012年7月9日

(1)私はもう50年ほど昔に、当時の東京教育大学附属中学校に勤務したことがありました。生徒が優秀でしたから、教材研究や指導法などにずいぶんと時間をかけたつもりですが、時々不安に感じたのは、自分の英語力の衰えでした。それまでは高校生を教えていましたから、大学受験問題を自分でもやってみることや、教科書の教材を原作で読んでみるといったことも必要でした。しかし、中学生を教えていると、ほとんど中学生レベルの英文にしか接していないことに気づいたのです。

 

(2)昔の自分の経験を一般化して今の英語教育を論じるつもりはありませんが、現在の中学校は勤務条件も違いますし、生徒の質も多様化していますから、英語教員が英語力の向上のために勉強することは決して楽ではないと思います。批判はあるにしても、一部の公立学校のように“中等学校”として、中学も高校も教えられる制度も利点があると私は思っていました。しかし、この制度の実施は200校に満たないために、文部科学省は、「高校を2年間で卒業出来る制度」を検討中のようです。このような重要な基本的方針がよく変わるようでは教育の効果など期待できないであろうと心配になります。

 

(3)困難な中でも勉強の時間を作って、英語力をつけたいと考えている英語教員には、私は次の本を読むことを薦めたいと思います。行方昭夫(なめかた・あきお)『英文の読み方』(岩波新書、2007)です。行方氏はサマセット・モームの研究家であり、数多くの翻訳をしているばかりでなく、「英文の読み方」に関する書物も書いていますから、自分のレベルに合ったものを選ぶことができます。関心のある方は、岩波書店の本を検索してみてください。

 

(4)この書物が一貫して説いているのは、「単語でも文章でも、文脈を無視して丸暗記してもダメだ」ということです。実例としては、行方氏の親しい知人で英会話の得意なビジネスマンが、ネット上で通販の購入をするのに、”I couldn’t agree more.” を「私はもっと賛成できなかった」と解したために、手続きを最後まで進められなかった話が挙げてあります。その人が相談の電話をかけてきたので、「それは大賛成という意味だよ」と行方氏が教えたら、びっくりしていたとのことです( p. 5~)。

 

(5)行方氏は、「翻訳を読んでから英文にあたるというのもひとつの勉強方法」と述べています(p. 24)。私の記憶では、1975年頃に中島文夫東大教授が、中学校用の英語教科書について、「すべて訳文をつけておくこと」を提案したことがあります。もちろん、当時の文部省は(今の文科省も)そんなことを認めるはずはありません。したがって、日本の英語教育は、「何年やっても日常会話もできない」と嘆く英語学習者を生み出し続けているのです。

 

(6)「日本全国どこでも同じ基準で」というのは、義務教育段階では少しは必要かも知れませんが、そのために、新しい発想や工夫が封殺されてしまうのでは、教育の進歩はとても期待出いなでしょう。英語教員は、自分の英語力を増加させることばかりでなく、こういう行政的な問題点にも関心を持たなければならないのだと思います。(この回終り)

(浅野 博)

 

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