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「教材研究の幅を広げること」を考える

Posted on 2012年8月8日

(1)1990年代の10年間ほど、東洋学園大学(千葉県流山市)で同僚だった河島弘美さんから、『動物で読むアメリカ文学案内』(岩波ジュニア新書、2012)という興味深いタイトルの書物を送ってもらいました。帯には「19~20世紀を動物たちと旅しよう」とあります。かなりレベルは高いものですが、教員が推薦すれば、読んでみようとする中高生も増えるであろうと思います。

 

(2)中高の英語教員は、「英文科」出身者がまだ多いでしょうから、英米の文学作品に愛着を感じる人も少なくないと思いますが、一方では、「実用的な英語教育を」という世論に押されて、「教養なんかではなく、実用的な“話せる英語”を教えるべきだ」という声が強いのも確かです。文科省もそういう方針を支持しています。しかし、日本の英語教育は本当にそれでいいのでしょうか。

 

(3)手元に扇谷正造『ビジネス文章論』(講談社現代新書、1980)という本があります。著者(1913-1992)は、「週刊朝日」の編集長などを務めたジャーナリストで、日本語のビジネス文章についての本や記事を沢山書いた人です。こういう書物を読んで感じるのは、「日本人の英語教師は、生徒の母語である日本語と教えるべき外国語、つまり英語の両方に強くなければいけない」ということです。個人差はあるでしょうが、基本的な心構えとして大切なことだと思います。

 

(4)ある大学でビジネス英語を教えている日本人の教授に聞いた話ですが、「若い頃はアメリカでビジネスの交渉をして、仕事が一段落すると関係者のアメリカ人の家庭に招かれることがよくありました。そして、くつろいで雑談をするような時に大切なのは、英語力と広い意味の教養ですよ」ということでした。「特に日本のことをどのように分かりやすく説明できるか、英米のことをどの程度知っているかということが大事なのです」とも付け加えました。

 

(5)現在の中学の英語教科書で扱っているように、「お祭り」などについて1年生に英語で説明させるような方法には、私は賛成ではありません。もっと基本的な覚えるべき英語表現があると思うからです。高校生の英語教科書になると内容はとても変化に富んでいます。「道案内」のような実用会話もあれば、英米文学作品の部分的引用や概要もあります。韓国や中国やインドの話もあります。中高生の英語教科書の話題があまり広すぎるのも問題ですし、「英語教師に必要な基本的な知識」については、もっと議論があってしかるべきだと思います。

 

(5)河島氏の書物『動物で読むアメリカ文学案内』から、最初の3章のタイトルを紹介します。第1章 リップの愛犬ウルフ(ワシントン・アーヴィング『リップ・ヴァン・ウインクル』)、第2章 黒猫プルートー(エドガー・アラン・ポー『黒猫』)、第3章 白い鯨モービー・ディック(ハーマン・メルヴィル『白鯨』、となっていて、アメリカの作家や作品を知ることが出来ます。本文には、部分的な引用や訳文もありますから、英語と米文学の両方を学べるわけです。なお、河島氏には、教科書でよく言及される小泉八雲のことを書いた『ラフカディオ・ハーン 日本のこころを描く』(岩波ジュニア新書、2002)という著作もあることを付言しておきます。

 

(6)リップ・ヴァン・ウインクルの話は教室で取り上げても、昔話の「浦島太郎」に似た話という程度で終わってしまうことが多いようですが、時代的な背景も物語の意図も全く別なものです。本書の解説によって、ウインクルがなぜ愛犬のウルフを頼りにしたか、自分の奥さんからはどんな目に会わされていたかなどを考えると、この物語の意図もだんだんと分かってきます。教材研究の幅を広げるきっかけとなるというのが、本書を推薦する所以です。こういう書物を手始めにして、英語教員は貪欲に勉強を続けるべきだと思います。

(浅野 博)

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