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日本語は悪魔の言葉か?(2)

Posted on 2014年7月3日

漢字を捨てる、いや、日本語そのものを捨てる

 

日本人が日本語を捨てて再出発しよう、世界に出ようと主張した跡を少し見てみたい。また、日本語を捨てることはかなわないが、せめて漢字を捨てよう、できればカナも捨ててローマ字にしようとした政策の跡も少したどってみたい。

 

1.日本語を捨てよう

 

幕末から明治20年ごろまでにかけて、日本の指導層には焦りがあった。西洋は何もかもが進んでいる。日本ははるかに遅れている。政治、経済、産業はもとより学問も教育も遅れている。

 

それを学び取るべき言語が西洋とはまったく違う。言語が難解でわかりにくく、大いに遅れている。日本の言語を西洋の言語のようにしなければならないと当然のごとく考えた。

 

そして、日本語を全面的に捨て去り、英語を日本の国語にしようとの主張は多くの人によってなされた。中でもわれわれも知っているのは文部大臣であった森有礼だ。森は英文の著書において「わが国の最も教育ある人々および最も深く思索する人々は、音標文字 phonetic alphabet に対するあこがれを持ち、ヨーロッパ語のどれかを将来の日本語として採用するのでなければ世界の先進国と足並みをそろえて進んでゆくことは不可能だと考えている」と書いている。高田早苗(早稲田大学総長、文部大臣)も英語を日本の国語に

することをとなえた。

 

2.漢字を捨ててローマ字に

 

すでに明治維新より前に、幕臣前島密は将軍に漢字廃止を建言しているという。日本語を捨てようとの主張の一方で、日本語は捨てないが、漢字を捨てようとの主張は長く続いた。

 

明治16年には「カナモジカイ」が結成され、翌年には「ローマ字会」が結成され、どちらも隆盛であった。当時の教養ある人たちは、自身の過去を恥じていたので、ローマ字化すれば、以前の書物はやがて読めなくなることを気にも留めなかった。

 

日本政府は明治30年代いたって、音標文字化を国の方針とした。それを前提に33年に国語調査委員が任命され、35年に文部省国語調査委員会が組織された。われわれが存じている委員としては、上田万年、大槻文彦、芳賀矢一、新村出、山田孝雄などが順次委員に加わった。

 

この委員会は漢字を捨てて音標文字化することを大前提にしていた。すなわち、委員会の根本方針の第1条に、「文字ハ音韻文字(「フォノグラム」)ヲ採用スルコトトシ、假名羅馬字等ノ得失ヲ調査スルコト」とある。

 

この委員会は大正3年にいったん廃止され、臨時国語調査会と名を替えて再建され、昭和9年に「国語審議会」と名を変えた。そして、何度も内閣に国語改革案を建議したが、それが実施されたことはなかった。

 

この国語審議会がそのまま戦後も続いていて、国語改革を実行したのである。

 

3.戦後の国語改革 ― 漢字制限

 

敗戦後の日本の精神状況は、明治維新とよく似ていた。これまでの日本は邪悪で、無価値であるとした。国語改革にとってもチャンスであった。読売新聞は「漢字を廃止せよ」との社説を掲げ、ほかの新聞・雑誌も同じような論調であった。漢字廃止は日本人一般の思いであった感がある。

 

周知のように、志賀直哉は、21年4月『改造』に「國語問題」を発表して、フランス語を国語にしてはどうかと提唱した。これも突飛なことではなくて、当時の日本の一般的な気分を代表していたと思っていいであろう。

 

20年11月、文部大臣は国語審議会に対して「標準漢字表」の再検討に関し諮問し、「漢字主査委員会」が設置された。「再検討」といったのは、すでに昭和17年に国語審議会は「標準漢字表」を内閣に答申し、そのなかで「常用漢字1,134字」「準常用漢字1,320字」を答申していたのだ。

 

超スピードで、11月5日に審議会は「当用漢字表1,850字」を答申し、政府は同月16日に内閣告示で実施している。これは電光石火の早業であった。ついで23年2月に「教育漢字881字」が公示された。この漢字制限には、近い将来さらにそれを減らし、いずれは全廃にもっていく前提があった。GHQ(連合国総司令部)に押し付けられたというより、日本の民意の反映であったと言ってよいであろう。

 

しかしながら、昭和30年代になると、国語改革の熱は冷め、知識人たちも漢字制限の影響の大きさ、過去の遺産との乖離に気づき、反対の声を挙げた。この政策をもうやめることはできなかったが、さらに漢字制限を強めることはできなくなって、なんとはなしの棚上げ状態になった。

 

4.日本人の識字率、国語力

 

GHQは、アメリカ教育使節団の国語改革の勧告を補強し、ローマ字化を推し進めるために、国語テストを行って、漢字・カナ文字の複雑さがいかに日本人の国語力を阻み、コミュニケーション力を弱めているかを証明したいと考えた。しかしながら、テスト結果は、日本人の識字率は驚異的で、世界一であり、国語力も欧米のどの国と比べてもはるかに高いことが判明し、漢字廃止への矛先が鈍ったと言われている。

 

以上、日本が辿った日本語廃止、その前段階としての漢字制限、ローマ字化の歴史を追ってみた。筆者はこのへんの知識に乏しく、『漢字と日本人』(高島俊男著、(株)文藝春秋、2001)その他を参考にさせていただいた。

 

★次回は、漢字は本当に悪魔の文字で効率が悪いのか、漢字の将来の可能性はどうか、漢字を制限することのマイナス面、日本語は理論的に漢字を捨てられるのかといった問題を検討したいと思っている。

 

(つづく)

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