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「『英語教育』誌(大修館書店)批評」(その14)(文法指導の名人技)

Posted on 2014年10月28日

(1)2014年11月号の特集の1つは、「わかる・使える 文法指導の名人技」となっています。“授業のうまい先輩の真似をする”というのは、自分の授業改善の手っ取り早い方法ではあるでしょうが、いつも上手くいくとは限りません。ましてや、実際の授業ではなく、文字で説明した記事を読んで、そのコツを会得するのは容易なことではないと思います。

 

(2)しかし、何も参考にしないよりはましですから、まず各記事を読んでみます。最初は、大西 泰斗(東洋学園大)「文法指導の勘所」です。総論に相応しいタイトルですがが、いきなり「文法改変」とあるので、ちょっとまごつきました。執筆者の言いたいことは、“教える側の文法の考え方が変わるべきだ”ということのようで、その趣旨には賛同出来ます。これまでも指摘されたことのある大きな課題で、新しいことではありませんし、もう少し平易な言い方をしてもらいたいと思いました。

 

(3)2番目は、田地野 彰(京都大)「語順―『意味論』を軸として」ですが、学問的理論が主な記事ですから、すぐに真似出来るような“技”ではありません。誤解を恐れずに大雑把な言い方をすれば、意味論というのは、構造言語学が言語の“構造(仕組み)”を考えたのに対して、“その構造が何を意味するか”という中味を問題にする理論です。田地野氏は、かなり具体的に意味論と語順の考え方を説明していますが、私には多少の異論があります。例えば、“意味論と五文型”と題する表には、“意味順”として、「だれが」「する/ です」「だれ・なに」「どこ」「いつ」とありますが、最後の SVOCの例文は、“She calls him Billy.” です。表では不要な要素まで含めていて、英語の実例は主要な要素だけでは、生徒は混乱するであろうと思いました。

 

(4)阿野 幸一(文教大)「3単現のS」は、まず中学1年生がこの“単元”でつまずくとしています。確かに、“単元”は他の教科でも使われますが、意味が全く違いますから、英語の場合の説明をしっかりすれば、生徒が混同することは無いでしょう。中学生には、“人称”が分かりにくいし、加えて、「どういう単語がsだけを付ければいいか、es を付ける単語は・・・」のように、問題点が拡大してしまうことを執筆者は指摘しています。そういった注意は必要でしょうが、「生徒は、間接話法で、“He said he was happy.”と言いたいのに、“He said I am happy.” と言うので、ALT でも誰が happy なのか分からなくなる」という箇所は、私にはよく理解出来ません。人称代名詞の問題ではなく、話法の転換の問題にすり代わっているからです。人称代名詞の日本語との違いは、中学1年で扱うべき問題です。その扱い方が問題ですが、“話法の転換”を教える段階では遅すぎるのです(次の(6)を参照)。

 

(5)英文法の用語があまり理論的でないことは、英文法学者イェスペルセンが指摘したことです。すなわち、「“人称”というのは、“動物”や,“もの”にも使うのに、“the first person” (第1人称)と“person” を使うのは理屈に合わない」というわけです。中学生でも、こんな話をしてやると結構興味を示すものです。

 

(6)中学生に英語を教える場合であれば、「親友のことを何と呼ぶか」「3年生の先輩ならどう呼ぶか」といった質問をして、日本語では、同じ第2人称でも、相手によって呼び方が違うことを意識させる必要があるでしょう。機械的に、「I=私、 you=あなた、」と暗記させるだけでは不十分です。“you” が、「おまえ」になったり、「きみ」や「先輩」になることを考えさせたほうが有益であろうと私は思います。

 

(7)末岡 敏明(東京学芸大附属小金井中)「人称代名詞」は、まず、映画「スターウォーズ・エピソード2」で、“I think he is a she.” という台詞があることを紹介していますが、比喩を使って説明する場合は、誰もが知っているものでないと効果がありません。末岡氏の生徒はこの映画を全員見たのでしょうか?また、Longman の SIDE by SIDE からの例も示していますが、こういう資料は参考資料として文末に挙げておくべきものだと思います。

 

(8)石澤 昌大(東京都立小石川中等学校)「前置詞」は、前置詞の“on” や“in” の基本的な意味を分からせる方法として、“何かが箱の上に乗っている図”とか、“何かが箱の中にある図”を見せる方法を示しています。実は私が、編集代表になっている『アドバンスト・フェイバリット英和』(東京書籍、2002)には、こういう図解を多用しています。これは、編集者の一人である阿部 一(独協大学―当時)の発案によるものです。それはともかく、石澤氏は、そういう図をドリルにまで、応用していますが、ドリルの方法としては、「7時に→at seven」、「11時に→at eleven」のように次々と言わせたほうが能率的だと思います。

 

(9)萩野 俊哉(新潟県立高田高校)「後置修飾」は、具体的に例文を示しての解説ですが、指導経験の少ない英語教師には分かりにくいのではないかと危惧します。「生徒が後置修飾につまずくのは、日本語にはそういう語順がないからだ」と述べていますが、私でしたら、中高生にはまず“修飾(する)”とはどういうことかを説明します。国語で教わっているはずだ、と思うなら、そのことを確かめるべきでしょう。それから、“あそこでサッカーをしている少年たち”が、英語では、“the boys playing soccer over there となることを示して、「日本語は頭でっかちな表現になるが、英語ではそれを嫌って、後へ付けたしていく言い方になる」のように説明してから、例文を幾つも言う練習をさせるのがいいと思います。

 

(10)加藤 治之(京都府立嵯峨野高校)「時制―現在完了形の場合」は、生徒に意味や表現を考えさせる例文を多く示しているのはいいですが、その例文のスピーチレベルや主題がばらばらで、理解を困難にしています。あまり欲張らずに1つの状況を設定して、日本人には特に分かりにくい“現在完了”を説明する工夫をして欲しいと思いました。

 

(11)私が教わった太田 朗博士は、「現在完了は、ある過去から現在までという時間領域(時間の幅)を前提にする言い方です」と言われ、中学生程度に分かり易いのは、「ある過去から現在までに何かをしたことがある」という、「一般に“経験を表す”とされる用法であろう」と言われました。生徒には、「時制」という用語さえ分かりにくいのです。“時制”と実際の“時間”の違いをせつめいしてから、“I have read the book three times.” (私はその本を今までに3度読みました(読んだことがあります)とか、“I have talked with him four times.”  のような例文で、暗唱、記憶、応用といった順を追った練習をさせたいと思います。

 

(12)田中 茂範(慶応義塾大)「受動態」は、冒頭で、「『受動態』の『態』ってどういう意味?」と問いかけていますが、すぐに英文法の “voice” の話になっています。これでは高校生でも混乱するでしょう。漢和辞典によれば、「態」の原義は「姿、形」のことです。柔道の試合の様子を思い出させて、「自分から何かをしかけるのか、それとも相手が何かをしかけてくるのか」で、その場の表現方法が変わることを意識させるのも1つのやり方だと思います。

 

(13)特集の第2は、「発信!国際バカロレア!」です。この「発信!」が何を意味しているのか、私には分かりませんが、“バカロレア”自体は長い歴史のあるもので、目新しいものではありません。特集の扉ページには、かなり詳しい説明もありますが、高校生を指導している英語教員があわてて準備に入るべきものでしょうか?文科省や、地方自治体が動き出しているようですが、その前に、“日本の英語教育はどうあるべきか”、をもっと考え、話し合う必用があるのではないでしょうか?

 

(14)特集2には、2編の実践報告的な記事があります。関心の強い自治体や学校の関係者には有益な内容だと思いますが、毎日、生徒にどのように英語を分からせようかと苦労している英語教員がすぐに飛びつくべき問題ではないと私は思います。(この回終り)

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