言語情報ブログ 語学教育を考える

日本語における「主語省略」の問題(3)

Posted on 2015年4月6日

●(2)日本語における省略のルール

英語の場合はほぼ予想通りに仕事は進んだが、日本語の場合はそうはいかなかった。小説・随筆を選んで、省略があると思われる文を書き抜き始めたが、待てよ、と思った。

 

復元先がすぐ前になかったり、ずっと前から読んでこないと省略部分が復元できなかったり、ぼんやりと意味がわかるだけで、具体的に復元しようとすると、何通りものやり方があって、迷ったりした。

 

仕事のやり方を変えざるを得なかった。たくさんカードを取るよりも、復元した文も書き、注記や感じたコメントも入れることにした。

 

そのようにして、数十枚のカードを取った。それから、もう少し別のやり方はないかと考えた。そして日本文学の原文と英訳との比較をやってみたら、何かわかるのではないかと思った。いくつかの作品を取り上げて、原文と訳文を突き合わせていくと、日本語の省略語句がときどき誤訳されていることを発見した。

 

当代一流の翻訳家が、日本語は自由に話せ、漢字は日本人以上に知っている人たちが、省略された主語や目的語を間違ったりするのはなぜだろうと考えた。どうもよくわからず宿題とした。

 

多くのカードを眺めて、暫定的に日本語の省略のルールを決めた。

 

B:日本語は「意味の前後関係」によって省略を行う。日本語は、もしもその省略を補うとすれば、「意味の前後関係」(situation)を目安にする。

 

(3) 警棒で抱きかかえようとすると、いきなり腕に噛みついてきた。

この例文の省略されていると思われるところを補ってみると、[私が]警棒で[その女を]抱きかかえようとすると、[女は]いきなり[私の]腕に噛みついてきた。

 

「私」という語はどこにもないが、意味上わかる。「その女」は同じ文の中にはなく、その前の文を見てもない。どうしてこれがわかるかと言うと、ずーとさかのぼっていくと、酔っぱらいの女が相手だとわかる。[その女を]にしても[彼女を]でもいいし、[そいつを]でもいいし、[その人を]でもいい。

 

(4) 「北海道の学生さんですか。」「いいえ、ちがいます。」

この「ちがいます」は省略はないとも言えるし、あるとしてもよいだろう。「[それは]ちがいます」とか「[あなたのおっしゃっていることは]ちがいます」などと解釈できる。「そうです」「そんなら」「そうすると」などと同じく、前の内容をくくって、それに対して総括的に言い添えるわけだ。このような「総括的表現」は日本語の一つの特徴で、省略があるのかどうかを曖昧にしている。

 

これが英語ならば簡単だ。

“Are you a student from Hokkaido?” “Yes, I am.”

“I am”の次の省略を補うとすれば、構造的にだれでも簡単にできる。

 

(★ある友人が、私の省略の論文はインターネット上で読めるよ、と連絡してきた。それは知らなかったと見てみると、なるほど読める。よろしかったらちらっと最初の方だけでも見てやってください。http://ci.nii.ac.jp/naid/110008674565

 

(★次回は「主語省略」へ入る。日本語では主語はよく省略されるが、英語では原則として省略されない。では世界のほかの言語はどうなのか。英語と日本語でどちらが普通の言語なのかといったことから、日本語の主語省略を少し詳しく検討してみたい。)

 

 (つづく)
Comments (0) Trackbacks (0)

Sorry, the comment form is closed at this time.

Trackbacks are disabled.